MIMEI SAKAMOTO

さかもと未明

アーティスト。1965年、横浜生まれ。
1983年度 神奈川県立厚木高校を卒業後
1987年度 玉川大学 文学部、英米文学科を卒業

卒業後アパレル商社に就職するも、帰宅後漫画の塔工作を書くために眠れず、体調と鬱の悪化で三か月で退社。その後。最初の夫と結婚。

病歴

2006年難病である膠原病の全身性エリテマトーデス・強皮症・シェーグレン症候群など複数を発症。後に多発性筋炎なども併発。2008年に身体障碍手帳を受給
2012年に発達障害・アスペルガー症候群と診断され、精神障害手帳を受給

幼少期~デビュー以前

幼少期は父親のアルコール問題や母の鬱など。多くの問題抱える家庭で育つが、紆余曲折を経て1989年に漫画家デビュー。官能的な描写と端麗な容姿でたちまち脚光をあびる。「レディコミの女王」として一世を風靡したが、エロスだけの世界に閉じ込められるのを嫌い、歴史や神話などをテーマにした教養漫画等 (漫画「マンガ・ローマ帝国」(講談社)なと)、エッセイや政治評論。ルポなどを描くように。その活動が話題を呼び「ニッポンの未明」(扶桑社)、「憂ちゃんの 教えて! プリーズ」(産経新聞社)、「のんのんノンちゃん」(講談社)等の多くの連載を持ち、取材の過程で、拉致被害者家族の横田滋・早紀江夫妻と出会う。
様々な分野で活動するも、2006年に難病である膠原病を発症。余命宣告を受けるまでに悪化。さらにアスベルカー症候群や双極性障害を持つこともわかり、治療を開始する。

Mimei Sakamoto

撮影 Benjamin Lee

膠原病発症以降

2008年、喃語病の進行で手が動かなくなり、漫画が描けなくなる。「手足が動かなくなってもできる表現を」と歌を志す。2009年に「人生~Inochi~」(rumbling records)でCDデビューす 
2010~2015年はほとんどの活動を休止。漫画家でありながら手が動かなくなったため、歌手活動を開始したが、やがて声も出にくくなる。歩行や着替えも困難になり、折り合いの悪かった両親に助けを求めるが拒否される。
その時助けてくれた横田滋・早紀江夫妻の媒酌で2013年、現夫の武田茂と靖国神社で挙式。ホテル椿山荘東京で結婚披露宴をする。
病状は一進一退だったが、夫の献身的な介護と協力を得て、レコード制作は進められ、
2012年 La Magie de l’amour (JAZZ JAPAN)
2013年 Blue Legend ~青い伝説(JAZZ JAPAN)をリリース

北朝鮮夜日本人の拉致問題への取り組みについて

1970年代から。多くの日本人が北朝鮮より拉致されてきたが、北朝鮮だけでなく、日本政府も長くその事実を認めなかった。
横田めぐみ(1964年うまれ)も14歳で(1978年)に拉致された。両親は長く娘が家出したのか誘拐されたのかもわからなかったが、多くの情報を調べるうちに北朝鮮に夜拉致だと確信、父親の横田滋氏の呼びかけで、被害者家族による「北朝鮮による拉致の被害者家族連絡会」(通称「家族会」)画結成され、20年にわたる街宣活動などの末、ついに20002年の小泉純一郎のほうちょうを折に北朝鮮が自ら犯罪を認め。五人が帰国した。日本政府も認めることになった。しかし、横田めぐみは帰ることなく、一度は死亡したとされて遺骨がおくられて来たが、その遺骨は偽物だった。

その後20年以上が経過したが、残りの被害者の安否確認も帰国も進むことなく、最近まで活動していた横田滋氏は2020年に、飯塚繁雄氏は2022年に死去。家族会の運動は次世代に引き継がれつつあるが、被害者とその親の世代の生存中ラ解決されるべきなのは言うまでもない。さかもとは闘病中に助けてもらい、親しくなった横田滋・先へ夫妻に「恩返しした」と、20013年に「青い伝説」(さかもと未明 作詞、遠藤征志 作曲)を作り、やがて手がうごくようになってからは版画制作でその解決を訴えようと試みた。

2017年。吉井画廊で個展。吉井画廊は、日本に最初にピカソやマチスを紹介した、フランスにゆかり深い画廊。そこでさかもとは、拉致被害者家族の横田滋・早紀江夫妻の肖像を中心にした版画を展示販売。売り上げの一部を拉致被害者家族会に寄付。
同年、歌手活動も再開。サントリー・ホールのブルーローズで、拉致被害者の帰国と、震被災地の復興を祈り、音楽仲間とコンサート。3.11東日本大震災で親を失った子供たちの養育費を援助する「3.11塾」と拉致被害者の「家族会」に、売り上げの大半を寄付した。

https://japan-forward.com/shigeru-san-we-will-not-give-up-until-megumi-and-all-abduction-victims-come-home/

2018年には、拉致被害者の帰国を祈り、バチカン聖マリア・マッジョーレで、さかもと未明作詞、遠藤征志作曲の、「青い伝説」を歌唱した。
https://www.youtube.com/watch?v=fBTbdZw8fGY

2019年、ホテル椿山荘で二回目の個展、ほとんどを売りあげ、話題に
https://precious.jp/articles/-/10456

写真家として、乃木会館の花嫁写真を担当、看板とパンフレットに作品採用

2019年に来日したローマ法王の写真撮影を講談社のOfficial Cameramanとして行い、記事多数執筆。カトリック教会公認「ローマ法王の言葉」(講談社)に写真、あとがき、編纂で協力

Friday Digital
Web 現代

海外進出

2020年、横田滋氏の訃報を受け、悲しみを忘れたいと制作中のCD音源、PV制作に熱中。10月には紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYAでコンサート。コロナ禍の中で50%の収容を満員に。また、ミシェル・ルグランの息子、Benjamin LegrandとのDuet映像をバリで制作、披露した。
三枚目のCD”MOULIN ROUGE”(MIMEIDIA)、
小説つきフォトブック ”Histoires d’amours”(MIMEIDIA) 発売。
夏の国立新美術館で開催された サロン・ドトーヌ後援・日仏世界美術展で”Montmartre”が入選

Bateau Lavoir
(2021 サロン・ドトーヌ入選)

2021年 バリのモンマルトルの老舗キャバレー「Au Lapin Agile」を三年かけて取材。その歴史の記事を、芸術新潮(新潮社)で六か月連載。
« Bateau Lavoir » (上の写真)で、サロン・ドトーヌ初入選
Japan Forward

スペインに世界美術展にMonmartreが推薦出品。

“Montmartre”
(2020 日仏界美術展入選
2021 スペイン世界美術展 推薦出品)

また、11月よりParisのESPACE SORBONNE4で個展、多媒体で話題に
産経新聞
ポストセブン
大人の週末
婦人公論

同年、
さかもと未明と遠藤征志の母校、玉川学園の支援を得て、二人のコンサートとさかもと未明の講演会が開かれた。その様子はさかもと未明のフランス語HPより玉川学園同窓会HPへリンクされている。

2022年現在、次回の音楽アルバムをBenjamin Legrand, Jean-Claude Orfaliらとパリで、また、バチカンで歌唱した青い伝説を中心としたアルバムを遠藤征志と制作開始。八月には国立新美術館の日仏美術世界展に三点出品予定。サロン・ドトーヌ二年連続入選
9月16日にブルースアレイジャパンで、遠藤征志トリオの伴奏と、特別ゲストに山崎千裕を迎えてコンサート予定。チケットは販売後数日で完売。

2023年。バリ国際サロンに3点を出品予定。同時期、ジュネーブ国際音楽祭で日本人初の作曲賞グランプリを獲得した薮田翔一氏、日本文化研究家の池田光璢(池田弥三郎の長男)氏らと共に百人一首を素材にしたオペレッタの脚本・゛美術・プロデュースを担当して上演予定。
アート・フェスティバルに参加予定。講談社より、「奥様は発達障害」の第二段発売予定。
病状は現在安定しており、制限がある中の活動だが、その分真剣にアート活動に向き合っている。

撮影 Antoine Poupel
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